物事の本質を見抜く眼力
本質を見抜く
すごいスピードで時代が動いています。昨日までの常識が通用しなくなる、少し前にはやっていたものが見向きもされなくなる、時代背景も手伝いこうした変化のスピードがますます早くなっています。
数年前から安易にハウツーを求める傾向が強くなっているようです。売れるノウハウはないものかと探し続ける、それに呼応するように発行されるビジネス書のタイトルには「〇秒で◎億稼ぐ」とか「こんなに簡単に成功した」という類いのものが多く並ぶようになりました。それはそれで無視できない場合もありますが、こうした簡単に手に入るノウハウは基本的に長続きしません。ブームがきても廃れるのも早い、が定石です。
そして表面的に答えを追いかけても身につきません。これからはますます学び方が問われます。答を求める姿勢の勉学は「死んだ学門」と言われます。どこかによいものはないかと小手先の技術、学問を求める限り、同じことの繰り返しとなります。それに対して、自己を鍛え行動を変える学問を「活学」といいます。そしてさらに一歩深めて他人をも変えてしまうことが「本物の学問」となります。
表面的な答えを探し求める世界と自ら答えを創り出し行動を変えて行く世界は最初こそ差がつかなくても長い時間、求め続けることで雲泥の差がついていきます。学びの本質を見抜く眼力が必要です。守・破・離の世界をビジネスでの学びにあてはめると見えてくるものがあります。
道を求める探究心
ものごとには必ず中心軸となる本質があります。ここを見抜く眼力を持つ努力が人物の器を磨いていきます。自らの姿勢と志により大きな差がついていきます。セールスのテクニックを知りたい、という表面的なモノを求める心とセールスの「道」を自ら切り開く、という努力と姿勢の間には雲泥の差ができます。
いいかえると、ハウツーを知って満足するレベルと一道を究めようと厳しい修行に挑戦する決意の差でもあります。また別の見方をするならば、受注さえ取れればそれでいいという発想とセールスの世界で超一流の人物を目指す高い志の差でもあります。どういう選択するかで、人生もビジネスも、深さ、面白さが違ってきます。
自ら道を拓く志・気概をもった人材の育成は営業部門にとどまりません。採用などでも重要な意味を持ってきます。例えば学生の採用に関してです。人を採用する環境はますます厳しくなります。だからこそ組織の中心軸となる「人」「組織」の器を磨き抜く必要があります。採用される学生の側からみても魅力のある企業にならなければなりません。この人と働きたい、この会社で働きたい、と思われる魅力を発する必要があります。そのためにはなにをすべきかを考え抜く力を鍛える必要がありますし、競合ができない魅力品質の採用活動を編み出す志が求められる、ということにもつながります。
こうした努力のひとつひとつが魅力ある企業として輝きを放つのです。少し時間はかかりますが、「人育て」を企業発展の中心軸におくことは今まさに求めれていることなのです。
上記の記事は弊社の根幹となる哲学「喜びの帝王学」を基にしています。